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【キオクシア米特許訴訟】大企業のニュースから中小企業・スタートアップが学ぶべき侵害予防調査のリアル 2/3

2026/7/22

何故なぜ原告は「一番嫌な差止請求」をしなかったのか?

ここで疑問が浮かびます。キオクシアにとって最もダメージが大きい「差止請求」を、なぜ原告のViasat社は求めなかったのでしょうか?

公開されている訴状の分析記事等によると、原告側は訴状の段階で差止請求を行わず、損害賠償(金銭解決)のみを求めていたとされています。

ここから先は公開情報からの「推測」も含みますが、一般論として以下のような戦略的理由が考えられます。

  • 特許権者のビジネスモデル: Viasat社は衛星通信・インフラ企業であり、自社でフラッシュメモリを製造しているわけではありません。自社で作っていない以上、キオクシアの製造を止めても自社の売上が増えるわけではないため、「製品を止めるより、作らせ続けてロイヤルティ(ライセンス料)を取る」方がビジネス上合理的と考えられます。

  • 特許は「使い方を選べる武器」である: 特許権者は、同業他社との競合なら「差止めで敵を市場から排除する」カードを使い、異業種の相手なら「相手に事業を続けさせつつ利益の一部を吸い上げる」カードを選ぶことができます。

  • 社会 インフラへの影響: フラッシュメモリは世界中のIT・AI・自動車産業を支える基盤です。強引に差止めを求めて供給網を壊すと、裁判所の心証を悪くしたり、業界全体から強い反発を受けるリスクもあります。

つまり原告側は、自社のビジネスに合わせて「差止めではなく、ロイヤルティ最大化でお金を取る戦略」を選択したのだと考えられます。

なお、「差止請求は行わず損害賠償請求のみに絞る」という訴訟構成は、米国では比較的よく取られる戦略です。米国では eBay 判決以降、差止めは一定の要件を満たす場合に限り裁判所の裁量により認められるため、差止めを求めず金銭賠償による救済に訴訟の重心を置くことが少なくありません。

一方、日本の特許訴訟では、通常「差止め」と「損害賠償」を合わせて請求することが一般的です。特許権の侵害があると裁判所に判断されれば、差止めは基本的に認められるのに対して、損害賠償の金額がどこまで認められるかは個々の事案によって大きく異なります。

 侵害した側は「完全に向こうの土俵」に乗せられる

特許権者から見れば、特許は「差止めで相手の製品を市場から排除するか」「ロイヤルティで利益の一部を受け取るか」を選べる強力なカードです。

しかし、侵害した側にはその選択権がありません。特許権侵害が認められれば、「製造・販売をやめろ」と言われれば事業・サービスの停止や回避設計を検討せざるを得ず、「売上の〇〇%を払え」と言われれば、その条件でロイヤルティを支払う交渉に乗らざるを得なくなります。特許権侵害が発覚した時点で、交渉の主導権は特許権者側に大きく傾き、侵害した側は防戦的な立場から条件を検討せざるを得なくなります。

「自社特許をたくさん持っているから大丈夫」「競合他社の特許は調べているから問題ない」と思っていても、キオクシア事件のように、衛星通信会社など異業種の企業が持つ通信・制御系特許が、自社のIoT製品やAI活用機器、自動化設備の心臓部を押さえているケースは近年増えています。