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特許事例に学ぶ④ |iPS細胞特許から学ぶ ―研究成果を社会に届けるために、特許はどのような役割を果たすのか―
徳山英浩
この記事は、大学・研究機関との共同研究、新技術の事業化、研究開発型の新規事業に取り組む中小企業・個人事業主の方に向けて書いています。
「人の役に立つ研究成果なら、特許で独占せず、誰でも自由に使えるようにすべきではないか。」
特に大学や研究機関の成果については、そのように考える方がおられます。
社会に役立つ技術を広く使ってほしい、という考えはとても大切です。
しかし、特許を取らずに完全に自由にしてしまえば、誰が、どのような目的で、どのような形でその技術を事業に使うかについて、発明者や研究機関が関わる余地は小さくなります。
今回は、京都大学のiPS細胞特許を手がかりに、特許が「研究成果を囲い込むもの」ではなく、研究を社会へ届けるための仕組みにもなり得ることを考えてみます。
iPS細胞という大きな発見
iPS細胞は、皮膚などの体細胞に特定の因子を加えることで、多様な細胞へ分化する能力を持たせた細胞です。
2006年、山中伸弥教授らは、4種類の遺伝子を導入することで、マウスの体細胞からiPS細胞を作製することに成功しました。翌2007年には、ヒトiPS細胞の樹立成功が発表されました。
iPS細胞技術は、再生医療だけでなく、病気の仕組みを調べる研究、新薬候補の評価、毒性試験など、幅広い可能性を持っています。
ただし、研究室で重要な発見が生まれたことと、それが治療法や医薬品として患者に届くことは別です。
実際に社会へ届けるには、研究開発、細胞の品質管理、安全性の確認、製造技術、臨床研究、承認手続、資金調達、事業化など、多くの時間と投資が必要になります。
ここで重要になるのが、研究成果を誰が、どのように事業化し、社会へ届けるかという問題です。
京都大学は何を特許で守ったのか
京都大学は、iPS細胞を作製する方法に関する基本技術について、国内外で特許を取得してきました。
たとえば、日本特許第4183742号は、Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2という4種類の遺伝子を体細胞へ導入して、誘導多能性幹細胞を作製する方法に関するものです。京都大学は、3種類の遺伝子を用いる方法、遺伝子の組み合わせや培養条件を含む方法、作製したiPS細胞から分化細胞を得る方法などについても、基本特許群を保有しています。
重要なのは、京都大学が「iPS細胞」という言葉や、再生医療のすべてを独占したわけではないことです。
特許で守ろうとしたのは、iPS細胞を作製するための具体的な方法です。
また、特許の対象は、最初に発見された4因子だけに限られません。京都大学は、遺伝子の選び方に関する考え方を含む、より広い作製方法についても特許を取得しています。CiRAは、2013年に成立した基本特許について、従来より広いiPS細胞作製方法を含む権利範囲となる旨を説明しています。
研究成果を特許として押さえることで、大学は、研究から生まれた技術を誰かに無断で独占されることを避けながら、社会実装に向けた利用の仕組みを設計しやすくなります。

特許があるから、広く使ってもらえる
「社会に役立つ技術なら、特許を取らない方が広く使われるのではないか」と思うかもしれません。
しかし、特許を持つことは、必ずしも「誰にも使わせない」と決めることではありません。
特許を取得しておけば、大学や研究機関は、自ら使うのか、企業へライセンスするのか、研究目的では幅広く利用を認めるのかといった選択をできます。
京都大学のiPS細胞関連特許については、iPSアカデミアジャパンが実施許諾を担っています。iPSアカデミアジャパンは、iPS細胞技術の実用化に向けた産業界への技術移転を目的に2008年に設立され、研究成果の社会還元をミッションに掲げています。
iPSアカデミアジャパンによれば、2018年時点で、iPS細胞技術の基本特許・関連特許について、国内外約180社との実施許諾先があったとされています。
これは、大学が発明を自分たちだけで抱え込むのではなく、企業に使ってもらい、創薬、医療、研究用製品などの形で社会へ届ける道をつくるための仕組みです。
特許がなければ、企業は事業化のために大きな投資をした後で、他社に同じ技術を自由に使われる不安を抱えることがあります。
一方で、特許があれば、研究機関は、どの技術をどの範囲で使ってもらうかをライセンスで整理できます。企業にとっても、利用条件が明確になれば、研究開発や事業化へ投資する判断がしやすくなります。
特許は、研究と事業の間に、信頼できる橋を架ける仕組みにもなります。
研究成果は、どう事業になるのか
大学の研究成果を利用して、新商品や新サービスを考える企業にとって、重要なのは「有名な技術だから使えるだろう」と考えないことです。
研究成果には、特許、ノウハウ、試料、データ、共同研究契約、研究用に限定された利用条件など、様々なルールが関わる場合があります。
特に医療やバイオの分野では、特許だけでなく、薬機法などの規制、安全性、品質管理、臨床試験、倫理面の検討も必要です。特許ライセンスを受ければ、すぐに製品を販売できるわけではありません。
そのため、大学や研究機関の技術を活用したいときは、早い段階で次の点を整理することが重要です。
使いたい技術は、誰がどの特許を保有しているか
自社の用途や製品で、その特許の実施許諾が必要になりそうか
共同研究、ライセンス、試料提供のどの形が適しているか
自社が改良した技術や製品について、どの部分を自社の特許として守れるか
実用化までに必要な規制、安全性、品質、資金、製造の課題は何か
特許だけで、研究成果が事業になるわけではありません。
研究開発、資金、製造、品質管理、規制対応、販売など、多くの要素が必要です。
それでも、特許は、研究成果を誰が使い、誰が投資し、どのように社会へ届けるかを考える出発点になります。
自社の事業に当てはめると
iPS細胞特許から学べることは、研究成果を社会に広げるためには、「発見」と「利用の仕組み」の両方が必要だということです。
画期的な技術が生まれても、それを使う企業、製造する企業、資金を出す企業、品質を管理する企業がいなければ、社会に届く製品やサービスにはなりません。
特許は、研究者や大学が技術を抱え込むためだけのものではありません。
自社だけで使うのか。企業へライセンスするのか。共同研究を行うのか。どの用途を優先するのか。特許を持つことで、こうした選択をしやすくなります。
もし大学・研究機関の技術を事業に取り入れたいと考えているなら、次の3つを考えてみてください。
その技術は、自社のどの製品・サービス・研究開発に役立つのか
特許、試料、ノウハウ、共同研究など、利用に必要な条件を把握しているか
自社が加える改良や応用について、将来どの部分を自社の知財として守れるか
研究成果を社会へ届けるには、研究者、大学、企業がそれぞれの役割を果たす必要があります。
iPS細胞の事例は、特許が「研究を止めるもの」ではなく、研究成果を事業化し、社会へ広げるための共通ルールになり得ることを示しています。
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