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特許事例に学ぶ① |トヨタのハイブリッド特許はなぜ世界を変えたのか ―「独占する特許」から「市場をつくる特許」へ―
徳山英浩
この記事は、新商品・新サービスの開発、既存商品の改良、製造工程の改善に取り組む中小企業・個人事業主の方に向けて書いています。
自社の技術や工夫を、どう守り、どう事業の強みに変えるか。そのヒントを、トヨタのハイブリッド特許から考えてみます。
「優れた技術を開発すれば、事業で勝てる。」
多くの経営者が、そう考えるかもしれません。
しかし現実には、優れた技術を開発しただけでは事業で勝てません。競合企業に真似される前に、開発費を回収し、品質を磨き、顧客から選ばれる理由をつくらなければなりません。
世界初の量産ハイブリッドカーとして知られるプリウスを生み出したトヨタは、優れた技術を特許で守りました。しかし、トヨタの特許戦略の本当に興味深い点は、守るだけで終わらなかったことです。
後にトヨタは、電動化関連の多数の特許実施権を無償で提供し、市場全体を広げる方向にも舵を切りました。
今回は、トヨタのハイブリッド特許を手がかりに、特許が「ライバルを排除する権利」だけではなく、事業を育て、市場をつくる経営ツールにもなり得ることを考えてみます。
プリウスが登場した衝撃
1997年、トヨタは初代プリウスを「世界初の量産ハイブリッドカー」として発売しました。
当時は、ガソリン車が当たり前の時代です。現在ほど環境問題や脱炭素が広く意識されていたわけでもありません。
その中でトヨタは、エンジンとモーターを組み合わせ、燃費を大幅に改善する新しい自動車の仕組みを、量産車として実用化しました。
初代プリウスは、既存のガソリン車と同等の走行性能を保ちながら、約2倍の低燃費とCO2排出量半減を実現したとされています。プリウスはその後、海外にも展開され、ハイブリッド車という新しい市場を象徴する存在になりました。
しかし、本当にすごかったのは、ハイブリッド車そのものだけではありません。
トヨタは、ハイブリッド車を支える周辺技術まで含め、多数の特許を積み重ねていました。技術そのものだけでなく、その技術を守る仕組みも築いていました。
ハイブリッド車は「特許の塊」だった
一般には、「ハイブリッド車=モーター付きの車」と思われがちです。
しかし実際には、ハイブリッド車は多くの技術の組み合わせで成り立っています。
エンジンをいつ動かし、いつ止めるかを決める制御技術
モーターを効率よく動かす制御技術
バッテリーを安全に充放電する制御技術
電気を変換・制御する技術
エンジンとモーターの力を適切に使い分ける動力分配機構
減速時のエネルギーを電気として回収する回生ブレーキ技術
特に、トヨタのTHS(Toyota Hybrid System)は、エンジン、モーター、発電機、バッテリーなどを高い水準で統合するシステムでした。
つまり競合企業が「ハイブリッド車を作ろう」と考えても、単にモーターを搭載すればよいわけではありません。一部の技術を再現できても、燃費、安全性、耐久性、走行性能、量産性まで含めて商品にするには、多くの課題を解決する必要があります。
トヨタは、こうした周辺技術にも特許を積み重ねていました。だから競合企業は、一つの技術だけを真似しても、同じ水準の製品を簡単に市場へ出すことはできませんでした。
特許は、単に一つの技術を守る権利ではありません。重要な技術の周辺まで守ることで、競合企業が簡単に追随し難い技術基盤をつくる手段でもあります。
特許は「利益を生む時間」を買うためのもの
ビジネスでは、先に市場へ出ることが重要です。
ただし、先に市場へ出ても、すぐに大企業や海外企業に真似されれば、先行者としての優位性は短期間で失われます。
そこで重要になるのが、特許です。
トヨタは、ハイブリッド技術とその周辺技術を特許で守ることで、競合企業が簡単には追随し難い状況をつくりました。そのことは、トヨタにとって、次の技術や事業の強みを育てるための時間を確保することにつながったと考えられます。
この時間があるからこそ、企業は次のことができます。
生産技術や品質管理のノウハウを蓄積する
ブランドを育てる
顧客からの信頼を得る
販売台数を増やし、コストを下げる
次世代技術の研究開発に再投資する
中小企業の経営者の方から、「特許を取ると儲かるのですか」と聞かれることがあります。
正確には、特許そのものが直接利益を生むとは限りません。
しかし、特許は、利益を生む事業を育てるための時間をつくります。
苦労して開発した技術を、競合企業にすぐ真似されずに事業へ生かせる時間。その間に、品質を高め、原価を下げ、販売網やブランドを育て、顧客との関係を築くことができます。
トヨタのハイブリッド車は、その典型例といえます。

なぜトヨタは特許実施権を無償提供したのか
ここで、少し意外な話があります。
2019年、トヨタは、モーター、PCU(パワー・コントロール・ユニット)、システム制御、エンジン・トランスアクスル、充電機器、燃料電池関連などを含む車両電動化技術について、約2万3,740件の特許実施権を2030年末まで無償で提供すると発表しました。
さらに、電動車を開発・製造する企業がトヨタのパワートレーンシステムを活用する場合には、技術サポートも実施するとしています。
「大切な特許を、なぜ無償で使わせるのか」と感じる方もいるでしょう。
これはトヨタが特許権を放棄したという意味ではありません。トヨタが保有する特許について、一定の手続や条件の下で他社による利用を認める、無償ライセンスの戦略です。
このような戦略を取った理由の一つは、電動車の市場そのものを広げるためです。
どれだけ優れた技術でも、一社だけが使っていては、市場は大きくなり難い面があります。市場が大きくなれば、トヨタにとってもメリットがあります。電動車をつくる企業が増えれば、部品供給網、整備体制、関連サービス、消費者の理解も育ちやすくなります。長年培ってきたモーター、バッテリー、PCU、制御技術、パワートレーンシステム、開発ノウハウを生かす場面も増えます。
トヨタは、他社が電動車の開発・製造に参入しやすい環境を整えることで、市場の成長と自社技術の活用機会の拡大を、同時に目指せる戦略を選んだと考えられます。
特許を持つことは、常に「誰にも使わせない」と決めることではありません。自社だけで使うのか。他社にライセンスするのか。無償で市場への普及を促すのか。
特許は、技術を独占するための道具であると同時に、技術の事業での使われ方を設計するための道具でもあります。
自社の事業に当てはめると
トヨタのハイブリッド特許から学べることは、シンプルです。
技術を開発することと、その技術で利益を生むことは別です。
特許は、その技術を守り、事業に生かし、ときには市場を広げるための経営ツールになります。
もし自社に独自技術や独自ノウハウがあるなら、次の3つを考えてみてください。
自社が他社より少しでも上手くできている工程、構造、方法は何か
もし明日、競合企業が似た商品をより安く販売したとしても、顧客が自社の商品を選び続ける理由はあるか
特許で守るべき技術、ノウハウとして秘密にすべき技術、商標・意匠で守るべきものを分けて考えているか
この3つの問いに答えることは、自社の技術を「ただの工夫」で終わらせず、事業の強みに変えるための第一歩です。
トヨタの事例からは、特許を守りの道具として使うだけでなく、技術の普及や市場形成も見据えて活用するという、知財戦略の考え方が見えてきます。
【初回相談は60分まで無料です】
新商品、新サービス、製造工程の改善、独自の技術やデザイン、商品名・サービス名の保護をお考えの方は、お気軽にIPプラウド国際特許事務所までご相談ください。
「これは特許になるのか」「特許として公開するより、ノウハウとして秘密にした方がよいのか」「意匠や商標も含めて守るべきか」といった段階からご相談いただけます。
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