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特許事例に学ぶ③ |青色LED訴訟から学ぶ ―発明者と会社は、どう利益を分けるべきか―
徳山英浩
この記事は、新商品・新サービスの開発、製造工程の改善、研究開発に取り組む中小企業・個人事業主の方に向けて書いています。
「会社の仕事として生まれた発明なら、その特許は会社のものだ。」
多くの経営者にとって、これは自然な感覚かもしれません。
会社が研究設備を用意し、開発費を負担し、製造・販売・営業・品質管理まで担う。発明が商品になり、事業として利益を生むまでには、発明者一人だけではなく、多くの人や会社の投資が必要です。
その一方で、発明の出発点には、研究者や技術者の試行錯誤、専門知識、粘り強い挑戦があります。
この二つをどう考えるべきかを、日本中に問いかけたのが、青色LEDをめぐる中村修二氏と日亜化学工業の訴訟です。
今回はこの事例を手がかりに、職務発明と、発明者が力を発揮し続けられる会社のつくり方を考えてみます。
青色LEDが変えたもの
LEDには、赤、緑、青の三原色があります。
このうち青色LEDは、長い間、実用化が難しいとされていました。しかし青色の光を作れるようになると、赤・緑・青を組み合わせて白色光を作ることができます。
白色LEDは、省エネルギー照明、スマートフォンやテレビの画面、自動車のライト、信号機など、幅広い分野で使われるようになりました。
中村修二氏は、当時勤務していた日亜化学工業で、青色LEDの実用化につながる研究開発に取り組みました。
ただし、画期的な発明があっても、それだけで世界中に製品が広がるわけではありません。
材料の調達、製造設備、量産技術、品質管理、顧客への販売、関連する特許の取得と管理。発明を事業に変えるには、会社としての長期的な投資と仕組みが必要です。
青色LEDは、「発明者だけの成果」でも「会社だけの成果」でもありません。個人の発想と努力、そして会社の投資と事業化の力が重なって、初めて社会に広がった技術といえます。
なぜ訴訟になったのか
中村氏は、日亜化学工業に在職中に行った職務発明について、特許を受ける権利を会社へ承継させた対価が十分ではなかったとして、会社を相手に訴訟を提起しました。
この訴訟で社会的に注目されたのは、「発明者への報酬はいくらが妥当か」という金額の問題だけではありません。
より大きな問いは、会社が職務発明による利益を得るとき、発明者の貢献をどのように評価し、どのように報いるべきか、という点でした。
一審では、東京地方裁判所が日亜化学工業に対し、中村氏へ200億円を支払うよう命じ、社会に大きな衝撃を与えました。その後、2005年1月に東京高等裁判所で和解が成立し、日亜化学工業は相当対価として約6億857万円、遅延損害金を含め約8億4,391万円を支払う内容で解決しました。
ここで注意したいのは、「200億円」という一審判決と、「約8億4,000万円」という和解金額だけを比べて、どちらが正しかったかを単純に決められないことです。
和解は、青色LEDに関する一件の発明だけでなく、中村氏が在職中に行った多数の職務発明、特許出願、外国関連出願、ノウハウなどを含めて包括的に解決するものでした。個別の裁判判断と、当事者間での全面的な解決としての和解は、同じ基準で単純比較できるものではありません。
職務発明とは何か
会社で働く技術者や研究者が、仕事の中で行った発明を「職務発明」といいます。
現在の特許法では、あらかじめ契約、就業規則などで定めておけば、職務発明について特許を受ける権利を会社が取得できる仕組みがあります。
ただし、その場合でも、発明者である従業者には「相当の金銭その他の経済上の利益」を受ける権利があります。会社は、金銭だけでなく、報奨金、昇進、研究費、ストックオプションなど、企業の実情に応じた形で利益を与えることができます。
重要なのは、発明者に必ず巨額の報酬を支払わなければならない、ということではありません。
また、就業規則に「発明は会社に帰属する」と書けば、それで終わりという話でもありません。
会社は、発明を事業化するための投資やリスクを負担します。一方、発明者は、会社の将来を変える技術を生み出すことがあります。
だからこそ、会社にとって重要なのは、発明が生まれた後に「誰のものか」を争うことではなく、発明者が納得し、次の発明にも挑戦したくなるルールを、あらかじめ整えておくことです。

発明者への報いは、金額だけではない
発明者への報いというと、報奨金の額だけを考えがちです。
もちろん、金銭的な報酬は重要です。特に、会社に大きな利益をもたらした発明について、発明者が正当に評価されることは、組織への信頼に関わります。
しかし、発明者が求めているものは、必ずしもお金だけではありません。
自分の発明が正しく評価されているという実感
発明者として名前が尊重されること
次の研究開発に挑戦できる環境
成果に見合った昇進や役割
研究に必要な人員、設備、予算
経営者からの説明と感謝
特に中小企業では、巨額の報奨金制度を用意することは現実的ではないかもしれません。
それでも、発明の届出を受けたときに経営者が内容を理解し、技術者の名前をきちんと残し、事業化の見通しや評価の基準を説明することはできます。
大切なのは、金額の大きさだけではなく、「この会社では、技術者の仕事が見られている」「発明すれば、正当に扱われる」という信頼です。
中小企業が今、整えるべきこと
青色LED訴訟を読んで、「うちには関係ない大企業の話だ」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、中小企業ほど、特定の技術者や開発担当者の知識、経験、工夫に支えられていることがあります。
技術者が退職したときに、重要なノウハウまで一緒に失われる。発明の権利が誰に帰属するか曖昧で、出願や共同開発の段階で困る。技術者が「自分の成果を会社は評価していない」と感じ、意欲を失う。
こうした問題は、会社の規模に関係なく起こり得ます。
まずは、次の3点を確認してみてください。
就業規則や雇用契約に、職務発明の取扱いが定められているか
発明が生まれたとき、誰が内容を確認し、出願・秘密管理・事業化を判断するか決まっているか
発明者への報奨や評価の基準を、本人に説明できる形にしているか
特許庁も、職務発明の相当の利益について、従業者との協議、基準の開示、従業者の意見聴取などを通じて、合理的な手続を整えることが重要であると示しています。
自社の事業に当てはめると
青色LED訴訟から学べることは、発明者への報奨は「後から揉めないための費用」ではなく、会社の研究開発力を守るための投資でもある、ということです。
優れた発明は、偶然だけで生まれるものではありません。
技術者が課題に向き合い、失敗を重ね、改善を続けられる環境があって初めて生まれます。
経営者が考えるべきなのは、「発明者にいくら払うべきか」だけではありません。
どのような発明を、会社として大切にするのか
発明者の貢献を、どのような基準で評価するのか
発明が生まれたとき、技術・特許・営業秘密・事業化を誰が判断するのか
発明者が次の挑戦をしたくなる会社になっているか
青色LED訴訟は、発明者と会社が対立した事件として知られています。
しかし経営者にとって大切なのは、問題が起きてから金額や権利の帰属を考えることではありません。自社で生まれた技術を、誰がどのように記録し、どう事業に生かし、特許として守るかを、早い段階から考えることです。
発明者の努力と会社の投資の両方を大切にしながら、技術を次の事業へつなげる。その視点が、青色LED訴訟から学べることの一つだと思います。
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