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特許

知財の判例から考える①|「サトウの切り餅」はなぜ特許侵害になったのか ―読点一つで8億円? 特許の言葉の読み方― 

徳山英浩

2026/9/18

これは、切り餅で知られる越後製菓とサトウ食品が争った特許侵害訴訟です。

越後製菓は、自社の「餅」に関する特許を根拠に、サトウ食品の切り餅が特許を侵害すると主張し、製造・販売の差止めと損害賠償を求めました。2010年11月、東京地裁は越後製菓の請求を退けました。しかし2011年9月、知的財産高等裁判所(知財高裁)はこの判断を覆し、サトウ食品の製品が特許発明の技術的範囲に属すると判断しました。

なぜ、同じ製品について結論が分かれたのでしょうか。中心的な争点の一つは、特許請求の範囲に書かれた一文を、どのように読むかでした。

本記事では、特許実務に日頃なじみのない経営者・事業者・技術者の方にもできるだけ分かりやすく解説します。そのうえで、この事件を手掛かりとして、特許請求の範囲に書かれた言葉が、将来の権利行使にどう影響するのかを考えます。

 

問題になった一文

この事件は、「読点一つで8億円」と紹介されることがあります。実際、切り餅の切り込み部又は溝部に関する特許請求の範囲の読み方が、裁判の結論を分けました。

争いの中心になった特許請求の範囲には、次のような一文がありました。

「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」

「載置底面又は平坦上面ではなく」から「側周表面に」までが読点を挟まずに続いており、どこまでを一続きの説明として読むかによって、文章の意味が変わって見えます。

 

何が争われたのか

越後製菓の特許は、切り餅を焼いたときに、膨化した中身が外部へ噴き出して焼き網に付着することを抑える技術に関するものでした。

特許では、切り餅の「側周表面」に、周方向に長さを有する「切り込み部又は溝部」を設けることが記載されています。焼き上げる際には、切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、上下の焼板状部の間に膨化した中身が挟まれた状態となることで、外部への噴き出しを抑制する、という仕組みです。

争いになったサトウ食品の製品には、側周表面の切り込み部があるだけでなく、載置底面及び平坦上面にも十字状の切り込み部がありました。

そこで問題になったのが、先ほどの請求項にある「載置底面又は平坦上面ではなく」という言葉です。

この文言は、単に「切り込み部又は溝部を設けるべき場所が側周表面である」と説明しているだけなのか。それとも、「載置底面及び平坦上面には切り込み部又は溝部を設けない」という条件まで含んでいるのか。これが、結論を分けた問題でした。

 

東京地裁の読み方

越後製菓側は、「載置底面又は平坦上面ではなく」から「側周表面に」までが読点を挟まずに続いていることを根拠に、「載置底面又は平坦上面ではなく」は、「側周表面」がどの面を指すかを説明する言葉だと主張しました。

しかし東京地裁は、この主張を採りませんでした。

東京地裁は、単に切り込み部又は溝部を設ける場所として「側周表面」と示すだけなら、「載置底面又は平坦上面ではなく」という言葉を付け加える必要はないと考えました。また、明細書には、餅の平坦上面に切り込み部を設けると、焼き上がりの見た目を損ねるという問題が記載されていました。

そこで東京地裁は、問題の文言を、載置底面又は平坦上面には切り込み部又は溝部を設けず、側周表面に設けることを意味するものと解釈しました。

このため、載置底面及び平坦上面にも十字状の切り込み部があるサトウ食品の製品は、この構成要件を満たさないとして、特許侵害を認めませんでした。

 

知財高裁の読み方

しかし、控訴審の知財高裁は、東京地裁とは異なる結論に至りました。

知財高裁は、「載置底面又は平坦上面ではなく」の直後には読点がなく、「側周表面に」まで続いた後に読点が置かれているという文の構造も踏まえ、「載置底面又は平坦上面ではなく」という部分を、「側周表面」がどの面を指すのかを特定するための記載と解しました。

切り餅は直方体です。焼き網にどの面を載置底面として置くかによっては、「上側表面部の立直側面である側周表面」という表現だけでは、どの面が側周表面なのかを一義的に定めにくい場合があります。

そこで、「載置底面又は平坦上面ではなく」という言葉によって、載置底面でも平坦上面でもない立直側面、すなわち側周表面を特定した、と知財高裁は考えました。

この読み方では、側周表面に必要な切り込み部又は溝部が設けられていれば足ります。載置底面又は平坦上面に別の切り込み部又は溝部があることまでを、請求項が排除しているわけではありません。

知財高裁は、サトウ食品の製品には、対向二側面である側周表面に切り込み部が形成され、焼き上げる際に切り込み部の上側が下側に対して持ち上がることで、中身の外部への噴き出しを抑制する構成があると認定しました。そのうえで、同製品は特許発明の技術的範囲に属すると判断しました。

つまり、知財高裁は、「側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」と書いた言葉であって、「載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けてはいけない」と書いた言葉ではない、と読んだのです。

 

「のみ」をめぐる経過

この事件には、もう一つ重要な事情があります。

出願審査の途中で、特許請求の範囲には一時、「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面のみに」と記載されていました。しかし、この「のみ」という限定は、出願時の明細書等に記載された範囲を超えるとして問題になり、後に削除されました。

出願人はその後、「のみ」であることは発明の必須の構成要件ではないと説明しています。さらに、平坦上面に切り込み部又は溝部を追加しても、見た目が悪くなっても構わないなら、側周表面に設けた切り込み部又は溝部による作用効果は得られる、という趣旨も説明していました。

この出願経過は、越後製菓側の解釈を支える事情の一つです。

「側周表面のみに」という限定が削除され、その後に「のみ」は必須ではないと説明されている以上、出願経過からは、側周表面に切り込み部又は溝部を設けることが重要であり、載置底面又は平坦上面に別の切り込み部又は溝部があることまでを排除する必要はない、という理解が読み取れます。

知財高裁が、問題の文言を「側周表面」を特定するための記載と解し、載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設ける構成までを排除しないと判断したことは、この出願経過とも整合します。

一方、東京地裁は、こうした出願経過を踏まえても、請求項の文言と明細書の記載から、載置底面又は平坦上面には切り込み部又は溝部を設けず、側周表面に設けることが求められていると解釈しました。

同じ請求項の文言を、明細書や出願経過も踏まえてどう解釈するか。その違いが、地裁と高裁で正反対の結論につながりました。

 

「読点一つ」の問題ではない

知財高裁は中間判決で侵害を認め、後の終局判決では、サトウ食品に対して製造・販売等の差止め、製品・製造装置の廃棄、8億0275万9264円の損害賠償を命じました。

しかし、この事件を「読点一つで8億円」と説明するのは正確ではありません。

この事件は、「もし『載置底面又は平坦上面ではなく』の後に読点があったら、結論は違っていたのではないか」という印象を与えます。実際、知財高裁は、この部分の直後には読点がなく、「側周表面に」まで続いているという文の構造を、請求項の文言を解釈する理由の一つとしています。

しかし、実際の判決を読むと、それほど単純ではありません。争われたのは読点の位置だけではなく、「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言を、請求項全体の中でどう理解するかでした。そして、その解釈に当たっては、明細書の記載や出願経過も検討されています。

特許実務で考えるべきなのは、「読点をどこに打つか」という文章作法にとどまりません。ある言葉が、対象を特定するための説明として読まれるのか、それとも権利範囲を限定する条件として読まれるのか。この点は、請求項の言葉を選ぶうえで重要な問題です。

では、最初から「載置底面又は平坦上面ではなく」と書かなければよかったのでしょうか。

そう単純ではありません。特許請求の範囲は、ただ広く書けばよい文章ではないからです。先行技術との差を示し、拒絶理由に対応し、しかも出願時の明細書に書いた範囲を超えないようにしなければなりません。

自社の発明の核は何なのか。その核を、競合他社が少し構成を変えても捉えられる言葉にできているか。そして、その一語を加えることで、必要以上に権利を狭めていないか。

出願時の一文が、何年も後の事業を左右することがあります。だからこそ、特許請求の範囲は、文法的に正しいだけでなく、将来の紛争で異なる解釈を生みにくい言葉として慎重に設計する必要があります。

 

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